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暴君たる検察

(まだ時期尚早だといういう者もいるが、違う。今こそ声をあげるべき時だ)


2011年1月のAaronの逮捕より、私はこの事件の事情を、知りたいと思う以上に知らされてきた。彼は私に友人かつ弁護士として相談してきた。Aaronは一体何が、何故起こったのかを説明し、私は支援を得るべく働きかけてきた。私のハーバードにおける地位に関連して、私が彼の弁護士として活動できなくなった後も、私は友人として働きかけてきた。私は十分に心強い友人ではなかったのは疑いがないが、友人であったことは変わらない。


ネット上における大量の悲観と混乱が、この驚嘆すべき少年の価値を裏付けている。その声を読むと、我々が抵抗していればよかったと思い知らされる。

これを感情的に受け取らないでくれ。

あれほど愛された人物にして、ニューヨークで彼を愛する群衆に囲まれたAaron境遇のを思えば、彼と同じ事をしないのは無理がある。私も彼の境遇に怒りを覚える。しかし、我々はこの教訓から学ばねばならない。彼を事ここに及ばせた状況を見過ごしてはならない。

まず、もちろん、Aaron自身がこのAaronの事態を引き起こしたのだ。私がこの件について書くというのは(私が公に声明を発表する際の束縛として)、政府の主張が正しければ、そして、「もし」、というのもAaronが私に私的に語ったことを明かせないのであれば、すなわち、彼の行いは悪であった。法的に悪でなければ、倫理的に悪であった。Aaronが戦った原因は私の原因でもある。私に反対するものも尊重するように、これは私の意図ではない。

しかし、もし政府がこの事件を実証して、何らかの罰がふさわしいとなったとしたら、一体何に対して罰すべきなのだ? Aaronはテロリストか? あるいは盗品によって利益を得ようとしたクラッカーか? あるいは何か全然別の罪か?

すでに、JSTORは「ふさわしい」ものを見つけていた。JSTORは告訴を取り下げ、政府にも取り下げるよう要請していたのだ。MITは、恥知らずにも暗愚であり、検察はAAronへの戦争を続けAaronとして愛された人物を「犯罪者」とするための都合のいい理由となった。


ここに、もっとマシは司法の常識があるべきで、恥ずべきことだ。この事件の許されざるところは、ただ一人Aaronのみではない。愚かな検察の態度にもある。そもそも、政府は全力を尽くして、Aaronがいかにして極端で愚かなことをしでかしたのかと印象付けようとした。政府が我々に語るところによる、Aaronが「盗んだ」という「何百万ドル」相当の価値のある「財産」、これだ。そして、これにより、彼の目的は犯罪により利益をあげるものであると結論した。しかし、学術論文の山が金になるという主張する奴は、アホか詐欺師だ。これが違うことは明らかであるのに、我々の政府は、まるで9/11のテロリストを捕まえたかのように、継続した。


Aaronは人生において「金を為す」などということをしたことがなかった。彼のRedditは幸運にも金を生んだが、RSS標準規格への貢献、Creative Commonsの構築、公共記録の自由化、自由な公共図書館の構築、Change Congress, FixCongressFirst, Rootstrikers, Demand Progressに対する貢献では、Aaronはただ公共の善のためだけに邁進していたのだ。彼は天才で、面白みがあった。神童。その精神の深淵は、私は幾度となく夢想したものだ。Aaronならどう考えるだろうかと。その人物は、今日逝ってしまった。我々まともな社会が暴力と称するより他のないものによって、崖に追い詰められた。これは私の過ちであるが、機会でもある。もし、この過ちと機会を得なければ、お前は合衆国政府の後ろ盾を得る資格はない。

考えてもみよ。この世界では、経済問題をたびたび引き起こした張本人がホワイトハウスで優雅に食事をしているのだ。たとえ「正義」の制裁を受けたものさえ、己の悪事を認めず、ましてや「被疑者」となることなどない。

この世界においては、政府に疑問を生じさせるには、Aaron Swartzが「被疑者」のレッテルを貼られたことが必要になるのだ。この18ヶ月もの交渉は、彼にとっては受け入れがたいことであり、そのために4月に何百万ドルもの罰金を告訴され、彼の財産はなくなるも、裁判官の心証を損ねねば、弁護を頼むべき経済的支援すら受けられない。邪悪でクソのようなこの状況が、この戦いの結末を決定づけた。天才的問題児は、こんな世界は終わらせたほうがマシだと考えたのだ。


政府によって求刑された懲役50年。何とかして、我々はこの「俺様は正しいんだからてめぇなんか核爆してもいいんだよ」という我々を支配する原理から逃れなければならない。この原理が導く言葉は一つのみ、曰く、恥。

一言にして、涙尽きせず。

さらばAaron Swartz、たぐいまれなるハッカーにして活動家。

昨日、Aaron Swartz、我々の友人にして協力者が、自殺した。これはたぐいまれなる人生の悲惨な最後である。

Aaronほどインターネットを開かれた知識の場にし、そして維持した者はいない。彼の貢献は数多く、その内のいくつかは替えようのないものである。2010年末に我々がインターネットのブラックリスト法であるSOPAとPIPAの前身であるCOICAと食い止めようと彼に相談した時、彼はDemand Progressという団体をたちあげて出資し、百万人以上ものネット上の活動家を生み出し、阻止活動の貴重な味方となった。

Aaronの関わった他のプロジェクトとしては、RSS仕様や、web.py[訳注:Pythonによって書かれた軽量Webフレームワーク]、tor2web[訳注:Torに簡単にアクセスするためのWebプロクシ]、オープンライブラリー[訳注:障害者のために書籍媒体を変換して公開するWebサイトとしての図書館]、HTTPS EverywhereのChromeへの移植[訳注:既存のHTTPとHTTPSの両方のプロトコルで提供されているWebサイトの問題として、たとえHTTPSでアクセスしたとしても、既存のリンクのほとんどはHTTPであり、結局リンクは依然としてセキュアではない通信のままであるということがある。HTTPS Everywhereは、HTTPSページのリンクをHTTPSプロトコルを使うものに差し替えるブラウザー拡張である]。AaronはCreative Commonsの立ち上げに協力した。彼はRedditの共同出資者の一人であり、サイトを成功ならしめた主要な開発者の一人である。彼のブログはすばらしい。


Aaronの天才性はなかなか理解されづらい。彼は自分の世界に従って生き、その大きさは測りがたく、彼の協力者をも不安にさせた。彼は世の中に感化されたものの、世界は時として彼に残酷である。

長年、Aaronは人間と話すより本を読む方を好んだ。彼はかつて、「とても賢い人間と話すのすら苦痛だ。しかし、単に座って賢い人の書いた本を読めば、神妙な思考を、簡潔に美しく効率的に学ぶことができる。著者と話すより、本を読んだほうが早い」のようなことまで言った。彼の情熱は、書かれた文章や開かれた知識に向かい、彼の自己表現は、時として素晴らしい成果を生んだ。

2011年、AaronはMIT構内のネットワークを使い、JSTORのデータベースから何百万もの論文をダウンロードした。必要に応じてラップトップのIPとMACアドレスを頻繁に変更し、JSTORとMITの妨害工作を迂回し、MITネットワークに高速に接続するため押入れに忍び込んだ。この罪により、Aaronは35年の懲役を求刑されたのだ。Computer Fraud and Abuse法におけるコンピューターへの「未認可のアクセス」による。

検察の主張するところを信じれば、AaronはJSTORからダウンロードした何百万もの論文を自由にしたいと願っていたのである。論文を公開し、誰でも読め、解析できるようにしたかったのだ。Aaronはすでに似たようなことをしていた。彼の手法に異論があるとはいえ、彼の思い描いた目的である、公共によって出資された科学論文の、出資者による閲覧を阻む出版の仕組みから解放しようという目的は、我々皆が支持すべきものである。

Aaronのおかれた事態を考えれば、アメリカ合衆国のコンピューター犯罪法とその罰則に正義はないことが分かる。Aaronの行動は疑いなく政治活動であり、その行動を現実世界で起こした結果は、最大でも、政治的抗議に付随する軽い不法侵入に過ぎない。彼はコンピューターを使ったがために、長い懲役刑を求刑されたのだ。ローレンス・レッシグは声明で、この悲劇を元にコンピューター犯罪法と無知なる検察を改正すべきであるとした。当然だ。

Aaron、我々は君と君の世界の善のための活動の損失を痛む。

こいねがわくはうけよ。

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“This book builds on a four-year research project and describes what extraordinary idea work looks like in practice. The authors take you behind the scenes of some of Norway’s leading companies and show how surprisingly similarly they work when they are working creatively to develop and realize new ideas. The book gives us, for example, a glimpse of how Snøhetta designed the Opera and the 9/11 memorial in New York. Even when designing Opera House or a book, we nurture concepts. The design concept of this book is reflecting Post It notes often used for marking, and work on overall structure, playfulness and a colorful interplay in a creative environment.”

Snøhetta Design is a award winning, transdisciplinary brand design agency incorporated within the Snøhetta offices in Oslo and New York. Snøhetta Design clients have projects integrated with Snøhetta Architecture or without any relation to architecture. Our work, regardless of graphic design, interior, landscape or architecture, are projects where we nurture concepts.

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バーで若い人(と言っても30代くらいか)と話がはずむと必ず「facebookやってますか?」とスマホ片手に聞いてくる人がいる。だけど、俺はfacebookのアカウントもスマホ持ってないので、相手のスマホ経由でfacebookを閲覧することが多いんだけど、イマイチ操作方法が分かんないんだよね、facebookもスマホも。

で、そんな俺を見て「この人ネット不得意なんだなあ」的な顔をされる訳。この俺がですよ!HTMLもCSSもよく理解してるこの俺様がですよ!ブログツールをレン鯖にインストールしてカスタマイズも出来るこの俺様がですよ!本に掲載されてるほどの超人気ブログ運営しているこの俺がですよ!

でもブログとかしてますかとか聞かれて、まさかこの自意識ダダ漏れのブログを紹介する訳にもいかなくて、なんか悶々としてしまうんですよ。

ネットで書き込みすることが恥ずかしい時代で、ネットはネット、リアルはリアルって分けてる俺世代と、ネットはリアルの補完ツールって考えてる若者とはやっぱり断絶してるなあって思います。

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No problems
今年のREGZA Phone、昨年より深みのある発熱。まろやかな強制終了が味わえ過去最高の出来。
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